目的に応じた合宿免許の使いわけ
技術的基盤が比較的乏しいスズキが、今後、長期間にわたって孤立化するとは考えにくいことです。
また、トヨタ自動車-ダイハツ工業連合との各地域での競合関係を考えれば、対トヨタ軸で利害が一致するメーカーと共同戦線を張ることは理にかなうことです。
2006年8月、スズキは、国内新工場の着工計画を含む、中期事業計画の追加施策を発表しました。
発表内容には、09年度を目処に300万台の四輪車販売を目指し、国内では相良市に新完成車工場を新設、ハンガリー、インド、パキスタンなどの既存工場の大幅な設備能力増強が含まれました。
大手以外のメーカーの中で、スズキは現在最も活力のあるメーカーと言えるでしょう。
このような設備能力増強の流れのなかで、スズキは日産自動車との結び付きを強めています。
従来の国内軽自動車の完成車相手先ブランド供給(OEM)を一段と拡大させるだけでなく、インドで生産される世界戦略小型車も日産自動車に供給されます。
さらにインドでは、日産自動車と共同で新たな巨大工場を建設するプランも議題にあかっています。
スズキはインドとハンガリーの生産拠点を中心に、世界的な小型車メーカーへの転進を狙っており、今後10年で最も大きな業容転換を行う可能性があります。
フィアットから技術導入したディーゼルエンジン技術を基に、インドでのパワートレイン生産能力は飛躍的に拡大が見込まれ、小型車とディーゼルエンジンに強みを持ったポジションを固めてくることになりそうです。
一方、スズキの強みと弱みの両面となっていることが、鈴木会長の非常に長期にわたるワンマン経営です。
飛躍的に拡大する業容とあわせ、いかに組織力を高めていくかが、持続的な成長に欠かせない要素であると筆者は考えます。
富士重工業は、中島飛行機を源流に持つ航空機メーカーとして発足し、自動車市場には国民車構想を基にした軽自動車「スバル360」で1958年に参入しました。
技術志向の強い、伝統ある中堅自動車メーカーです。
自動車事業のほか、航空宇宙、産業機器などの事業部門を持ちます。
1968年に日産自動車と資本・業務提携を結び、日産グループの一角に入ります。
2000年に日産系列を離脱し、GMとの資本提携を選択しますが、2005年10月にGMの財務リストラの影響を受け資本提携は解消され、一転してトヨタ自動車が8.7%の筆頭株主となりました。
国内市場における「レガシー」、米国での「レガシー・アウトバック」のヒットが大きな事業飛躍の契機となります。
米国ではユーティリティとハイパフォーマンス、日本ではハイパフォーマンスと小型乗用車に強みを持つ、小粒ながらピリッとした技術とブランドに強みを持つ自動車メーカーに成長しました。
GMとの資本・業務提携を機に、プレミアムブランドの構築を目指した積極経営に転じていますが、期待したほどの経営成果を生み出すことができず、経営戦略は修正を迫られました。
2005年には人員整理にも追い込まれ、現在、収益改善に向けた構造改革を実施中です。
為替影響を強く受ける収益体質の克服が中期的な課題と言えるでしょう。
ドル為替レート1円の変動は約25億円の営業利益変動要因となります。
富士重工業の近年の歴史には、劇的な国際合従連衡に陶酔し、戦略的には正しくとも、成果を急ぎすぎた誤りがあったと筆者は感じています。
銀行経営危機とカルロス・コーン氏による日産グループの解体、ダイムラークライスラー合併後の世界的な合従連衡の衝撃の中で、富士重工業は、旧日本興業銀行・日産自動車の傘下を離脱し、GMとの華やかな国際資本提携の道を選択しました。
同時に、技術者出身の生え抜き竹中恭二社長(当時)のもとで、世界的な「プレミアムブランド」への商品とブランドのリ・ポジショニングヘの挑戦を掲げました。
華やかなスポットライトを浴びながら、理想の車づくりに挑戦するという、一種の「熱狂」が支配した時期が2000年から数年間続きました。
こうした挑戦は、言い換えればアジアの「アウディ」を目指したわけです。
しかし、コストの高い新型車は期待したほどの販売成果を達成できず、ばら色の経営計画は幾度となく下方修正を余儀なくされ、最終的には2006年の竹中社長の引責的な辞任で戦略の転換を示すことになります。
経営再建中のGMは、2005年10月に、富士重工業の保有株式20%の全株売却を実施し、完全に提携関係を解消しました。
その三分の一をトヨタ自動車が買い付けることで、トヨタ自動車は富士重工業の筆頭株主に躍り出ます。
再び、劇的な提携関係の構築に成功し、富士重工業はトヨタ自動車との戦略提携構築を支えに、事業再構築を進めることとなりました。
富士重工業はトヨタ自動車との事業提携のなかで、ハイブリッドの技術導入、米国での「カムリ」受託生産、国内受託開発の3つを推進しています。
受託生産・開発の効果に関して具体的な説明は避けられていますが、筆者試算では、売上高で2,000億円、営業利益で50億円強の効果が2008年度にはフルに寄与するものと考えられます。
過去の戦略の誤りを正し、膨張したコスト構造を再構築し、トヨタ自動車との協業シナジーを追求することで、富士重工業は、再び、きらりと光る好収益企業への復活を目指しています。
「インプレッサ」、「フォレスター」、新型ミニバンなどの新モデル投人による販売台数増が、2008年頃には顕在化することで、業績は好転が望めると期待されますが、しばらくは厳しい状況が続くものと思われます。
富士重工業の技術とブランドカは、引き続き多くのユーザーの支持を受けているだけに、適切な経営力を発揮できれば、多大な変化をもたらすことが可能となるでしょう。
トヨタ自動車との協業構築は、富士重工業の文化を刺激し、いいかたちでの変革と、本格的な競争力の成長をもたらす可能性があります。
ダイハツ工業は、1907年に内燃機関製造会社として発足、1937年に自動車事業に参入した伝統ある自動車メーカーです。
2007年に創業100周年となる国内自動車メーカーの老舗です。
1967年にトヨタ自動車との資本・業務提携構築に動き、その後段階を追いながら出資比率の引き上げがあり、]。989年に出資比率が51.2%に達して、トヨタ自動車の子会社となりました。
現在は、トヨタグループの小型車事業の一翼を担っています。
国内軽自動車シェアはスズキに次ぐ第2位で、「シェア30%」を目標として掲げています。
トヨタ自動車に対するOEM車両供給や車両・エンジン受託生産はダイハツ工業の中核事業の1つでもあります。
トヨタ自動車との共同事業が発展しており、2004年にインドネシアで「アバンザ/セニア」、国内で「パッソ/ゾーン」のトヨタ自動車との共同開発車を発売しました。
海外展開では、マレーシアの国民車プロジェクトへの資本参加、インドネシアにおける子会社アストラ・ダイハツ・モーターの2つの中核事業があります。
1980年代末には、物品税廃止を受けた軽自動車離れの煽りを受け、2期連続で赤字決算に陥いる経営悪化を経験しました。
しかし、95年に発売した軽自動車「ムーヅ」の成功で、業績は急回復します。
アジア危機、トヨタ自動車の「タウンエース・ノア」受託生産移管による減益局面もありましたが、近年の業績は順調に成長を遂げています。
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2006年8月、スズキは、国内新工場の着工計画を含む、中期事業計画の追加施策を発表しました。
発表内容には、09年度を目処に300万台の四輪車販売を目指し、国内では相良市に新完成車工場を新設、ハンガリー、インド、パキスタンなどの既存工場の大幅な設備能力増強が含まれました。
大手以外のメーカーの中で、スズキは現在最も活力のあるメーカーと言えるでしょう。
このような設備能力増強の流れのなかで、スズキは日産自動車との結び付きを強めています。
従来の国内軽自動車の完成車相手先ブランド供給(OEM)を一段と拡大させるだけでなく、インドで生産される世界戦略小型車も日産自動車に供給されます。
さらにインドでは、日産自動車と共同で新たな巨大工場を建設するプランも議題にあかっています。
スズキはインドとハンガリーの生産拠点を中心に、世界的な小型車メーカーへの転進を狙っており、今後10年で最も大きな業容転換を行う可能性があります。
フィアットから技術導入したディーゼルエンジン技術を基に、インドでのパワートレイン生産能力は飛躍的に拡大が見込まれ、小型車とディーゼルエンジンに強みを持ったポジションを固めてくることになりそうです。
一方、スズキの強みと弱みの両面となっていることが、鈴木会長の非常に長期にわたるワンマン経営です。
飛躍的に拡大する業容とあわせ、いかに組織力を高めていくかが、持続的な成長に欠かせない要素であると筆者は考えます。
富士重工業は、中島飛行機を源流に持つ航空機メーカーとして発足し、自動車市場には国民車構想を基にした軽自動車「スバル360」で1958年に参入しました。
技術志向の強い、伝統ある中堅自動車メーカーです。
自動車事業のほか、航空宇宙、産業機器などの事業部門を持ちます。
1968年に日産自動車と資本・業務提携を結び、日産グループの一角に入ります。
2000年に日産系列を離脱し、GMとの資本提携を選択しますが、2005年10月にGMの財務リストラの影響を受け資本提携は解消され、一転してトヨタ自動車が8.7%の筆頭株主となりました。
国内市場における「レガシー」、米国での「レガシー・アウトバック」のヒットが大きな事業飛躍の契機となります。
米国ではユーティリティとハイパフォーマンス、日本ではハイパフォーマンスと小型乗用車に強みを持つ、小粒ながらピリッとした技術とブランドに強みを持つ自動車メーカーに成長しました。
GMとの資本・業務提携を機に、プレミアムブランドの構築を目指した積極経営に転じていますが、期待したほどの経営成果を生み出すことができず、経営戦略は修正を迫られました。
2005年には人員整理にも追い込まれ、現在、収益改善に向けた構造改革を実施中です。
為替影響を強く受ける収益体質の克服が中期的な課題と言えるでしょう。
ドル為替レート1円の変動は約25億円の営業利益変動要因となります。
富士重工業の近年の歴史には、劇的な国際合従連衡に陶酔し、戦略的には正しくとも、成果を急ぎすぎた誤りがあったと筆者は感じています。
銀行経営危機とカルロス・コーン氏による日産グループの解体、ダイムラークライスラー合併後の世界的な合従連衡の衝撃の中で、富士重工業は、旧日本興業銀行・日産自動車の傘下を離脱し、GMとの華やかな国際資本提携の道を選択しました。
同時に、技術者出身の生え抜き竹中恭二社長(当時)のもとで、世界的な「プレミアムブランド」への商品とブランドのリ・ポジショニングヘの挑戦を掲げました。
華やかなスポットライトを浴びながら、理想の車づくりに挑戦するという、一種の「熱狂」が支配した時期が2000年から数年間続きました。
こうした挑戦は、言い換えればアジアの「アウディ」を目指したわけです。
しかし、コストの高い新型車は期待したほどの販売成果を達成できず、ばら色の経営計画は幾度となく下方修正を余儀なくされ、最終的には2006年の竹中社長の引責的な辞任で戦略の転換を示すことになります。
経営再建中のGMは、2005年10月に、富士重工業の保有株式20%の全株売却を実施し、完全に提携関係を解消しました。
その三分の一をトヨタ自動車が買い付けることで、トヨタ自動車は富士重工業の筆頭株主に躍り出ます。
再び、劇的な提携関係の構築に成功し、富士重工業はトヨタ自動車との戦略提携構築を支えに、事業再構築を進めることとなりました。
富士重工業はトヨタ自動車との事業提携のなかで、ハイブリッドの技術導入、米国での「カムリ」受託生産、国内受託開発の3つを推進しています。
受託生産・開発の効果に関して具体的な説明は避けられていますが、筆者試算では、売上高で2,000億円、営業利益で50億円強の効果が2008年度にはフルに寄与するものと考えられます。
過去の戦略の誤りを正し、膨張したコスト構造を再構築し、トヨタ自動車との協業シナジーを追求することで、富士重工業は、再び、きらりと光る好収益企業への復活を目指しています。
「インプレッサ」、「フォレスター」、新型ミニバンなどの新モデル投人による販売台数増が、2008年頃には顕在化することで、業績は好転が望めると期待されますが、しばらくは厳しい状況が続くものと思われます。
富士重工業の技術とブランドカは、引き続き多くのユーザーの支持を受けているだけに、適切な経営力を発揮できれば、多大な変化をもたらすことが可能となるでしょう。
トヨタ自動車との協業構築は、富士重工業の文化を刺激し、いいかたちでの変革と、本格的な競争力の成長をもたらす可能性があります。
ダイハツ工業は、1907年に内燃機関製造会社として発足、1937年に自動車事業に参入した伝統ある自動車メーカーです。
2007年に創業100周年となる国内自動車メーカーの老舗です。
1967年にトヨタ自動車との資本・業務提携構築に動き、その後段階を追いながら出資比率の引き上げがあり、]。989年に出資比率が51.2%に達して、トヨタ自動車の子会社となりました。
現在は、トヨタグループの小型車事業の一翼を担っています。
国内軽自動車シェアはスズキに次ぐ第2位で、「シェア30%」を目標として掲げています。
トヨタ自動車に対するOEM車両供給や車両・エンジン受託生産はダイハツ工業の中核事業の1つでもあります。
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海外展開では、マレーシアの国民車プロジェクトへの資本参加、インドネシアにおける子会社アストラ・ダイハツ・モーターの2つの中核事業があります。
1980年代末には、物品税廃止を受けた軽自動車離れの煽りを受け、2期連続で赤字決算に陥いる経営悪化を経験しました。
しかし、95年に発売した軽自動車「ムーヅ」の成功で、業績は急回復します。
アジア危機、トヨタ自動車の「タウンエース・ノア」受託生産移管による減益局面もありましたが、近年の業績は順調に成長を遂げています。
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